2008年5月15日木曜日

花田紀凱

1時間を超える移動の際には、まず何か読むものを買っていくことが多い。流石に音楽を聴き続けるのもしんどいので。

先日は、駅近くの本屋で雑誌「WiLL」を購入した。月刊誌で「オトナの常識」なるサブタイトルがついている。トップストーリーは、「光市母子殺人事件に死刑判決!本村洋さん独占手記50枚」。そして、雑誌タイトルの横には、「花田紀凱責任編集」の文字が躍る。これだけで買いを決めてしまう。

僕はもともと光市母子殺人事件には関心があった。事件そのものも相当衝撃的だけど、本村さんという人物も凄いとかねがね思っていた。発言の内容と、軸のぶれなさ加減は本当に敬服する他ない。WiLLに掲載の独占手記も読み応えは十分。

ところで、このWiLL、他の記事もなかなか読ませるものが多い。実は僕は、この花田紀凱という人物には一目置いている。というのも、過去に廃刊になった雑誌「マルコポーロ」を読んでいたからだ。

WiLLを読んで思ったのは、ああ、やっぱりこの花田紀凱という男、何かを知っている、ということ。マルコポーロにしてもWiLLにしても、体裁は違えど何か共通するスタンスが感じられる。トピックやライター・論者の選び方がそう感じさせるのだろうか。スタンスとしては割と右寄りで、僕の考え方とは一致しないところも大きい。そして、必ずしも書かれている全ての内容を真に受けちゃいけない、というところもマルコポーロ時代と同じ(学生時代はもっと真に受けてたけど)。それでも読ませてしまうのは、テーマの選び方、そしてタブーとされているようなというか、決して一般メディアでは大きく取り上げられないものの見方を、偏り過ぎない絶妙なバランス感覚で提供しているからだろう。

独特のポップセンスも、相変わらずで好きだ。マルコポーロ時代には、サイバラや不肖・宮嶋の連載を僕は楽しみにしていたが、WiLL2008年6月号で僕が面白かったのは、「オバタカズユキのしょせんヒトゴト」と岡康道の「すべてはいつか、笑うため」というコラム。いずれも軽いタッチながらフックのある文章だ。

一部では「雑誌クラッシャー」などとも呼ばれているようだが、これだけの才覚があれば、どれだけ雑誌を廃刊させようが引く手はあまただろうと思う。風当たりがきついところもあるだろうが、様々な立場の意見を明らかにしていく姿勢は見習いたいところ。

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